自然な暮らし方を育むこれからの関係づくりとは?〜荒昌史さんインタビュー〜

自然な暮らし方を育むこれからの関係づくりとは?〜荒昌史さんインタビュー〜

2023/2/2

わたしたちの日々の暮らしの中で、お隣さんやご近所さんといえば自分から遠くないところにある存在です。ときに都市部では、それが誰だかよくわからない、ということも多くあります。今回はネイバーフッドデザインを手がけられている荒さんにお話をうかがいます。

まちをこわさずに、新たなまちをつくる

荒さんが代表を務めるHITOTOWA INC.は、2010年に創立された共助ができる社会をつくる会社です。ネイバーフッドデザインは少し耳慣れない言葉かもしれません。
「ネイバーフッドデザインとは、徒歩15分・自転車15分圏内ぐらいのまちの豊かさ、人々のつながりをつくることです。歩いていけるところに自分の愛着がある居場所があったり、親しい友人がいたりするって、すごく大きな価値があると考えています。僕らはまちの中での人々の関係性をつくり、その関係性をより良くするためのしくみをつくっています。」

わたしたちが住まう“まち”には脈々と受け継がれているものがあるはずです。しかし、そこに暮らす人がそのまちの背景を知らない状態もゼロではありません。特に荒さんたちが重点的に取り組む首都圏・関西圏では、地縁のある方々と新しく住まう方々を繋ぎながら、新しい関係性づくりが育まれています。

大学卒業後に勤められていた住宅デベロッパーでの仕事で都市開発に関わる面白さを感じつつも、まちをつくっているのか壊しているのかが分からなくなったと言います。

「壊しているもののひとつに、もともとあった人々の関係性があるのではないかと思っています。開発の中では古い町並みをまとめて大きなマンションをつくることや、先祖代々受け継がれてきた雑木林を宅地に変えるということをやってきました。ここに新しく住まう人たちは幸せになるのかもしれないけれど、これまでに受け継がれてきたものは知る機会がないし、周りからみても誰が住んでいるかわからない。ここにちょっと違和感があったのが最初のネイバーフッドデザインの入口でした。」

荒さんがネイバーフッドデザインの中でも、特に重視されているのが助け合いです。自然災害も多いわたしたちの暮らしの中では、いざという時にまず近所の人同士で手を取り合うことでしか、命を守れないタイミングもあります。都市部にある巨大なタワーマンションでは、住人数は数千人規模にもなり、もはやひとつの村のようでもあります。身近な住宅街やマンションの中で、普段からさりげないつながりがあることが、助け合いという大きな力を発揮します。

(下図:大規模マンションでのコミュニティ形成の様子)

まちをこわさずに、新たなまちをつくる

まちに必要な関係性づくりの舞台を自然な形で整えていく

さりげないつながりをつくりだすことに対して、企業側からできることはないか?という点についてもうかがいました。

「そこにはすごく色んな可能性があると思っています。まちに住んでいる人のためになることが一番大事なのは前提として、住む人々が抱える課題や、理想のライフスタイルにどう貢献できるか? 僕らはネイバーフッドデザインを使命と考えていますが、企業には企業自体の使命がある。まちのためになることと、企業のためになることの結節点が何なのか?を考えていくことが何より大事ですね。」

荒さんは双方のためになるポイントを考えるバランス感覚、そして住民側のリテラシーも重要だといいます。企業と住民が一緒につくりあげていく関係性を持たない限りは、企業は住民のみなさんをお客さま化してしまう。そうなると住民側でも「何かしてくれるんだな」とサービスを受ける側としてのふるまいになってしまいかねません。荒さんは取り組みを考える企業とまちの間に入り、それぞれの関係性に活きる翻訳家のようにも活動されています。

「企業には企業論理があって然るべきで、企業とまちの関わりを、最初からまちの住民に明らかにしていくことが一つの手立てでもあると思います。企業とまちが関わろうとしたときって、うっかり対の構図になってしまいがちで。こうなるとお客さま扱いになってしまう。そうではなく、企業側が最初からこうしたい、ということを明らかにしていく。本当にまちに必要なことを一緒にやっていきましょうという共創関係をつくることが必要です。」

まちに必要な関係性づくりの舞台を自然な形で整えていく

数字では計りきれないのが人々の関係性

企業が事業に取り組んでいくとなると、成果を示すということも欠かせません。まちの中の関係性づくりではその点をどう考えられているのでしょうか?

「それぞれのまちで語られてきた物事を活かしていくには、データや情報も必要です。ただ企業側の認識だけでデータの解釈をせず、まちに生活する方々と対話をする中で見えてきた仮説とあわせて考えていきます。人間の暮らしというものはうつろいやすく、また一定の倫理観を保てば、感情的で、自分勝手に、大いに変化があっていいもの。むしろ今と違う自分になりたくて人は悩むものですよね。僕もそうです。これを数字的なKPIで計るのはかなり難しい。むしろ数字的なものに人を規定する主従逆転のリスクも感じます。ただそういう適切なKPIを見つけられたらもっとネイバーフッドデザインが広がるのに、というジレンマはありますね。」

今がどうか? ということよりも、この先10年、20年と未来に見えてくる関係性について、定義しきれないものがあった方が、人生としては面白味がある。人生や物事の曖昧さとビジネスとは、なかなか相性が合わないものでもありますが、数字に着地しないものを大事にできるか? が、これからの事業の中では大きなポイントになっていきそうです。

(下図:話題の書籍『ネイバーフッドデザイン』)

数字では計りきれないのが人々の関係性

ありがとうとストレートに伝えられるまちの暮らし

古くからある定食屋さんが生み出す雰囲気のように、まちの矜持を支える人々がいます。ネイバーフッドデザインはいろんな人が取り組めることなのでしょうか?

「ネイバーフッドデザインは、きっかけをちりばめることでもあります。誰にでもできます。僕らは外部から関わってプロジェクトをつくるので、ある意味外科手術のようなところがあります。でも本来はまちの中から沸き立つものが真ん中にあって形成されていく。ちょっとしたきっかけをつくって、自分がやってることって良かったんだ、正しかったんだ、もっと積極的にやってみよう!と思ってもらえることに意味があると考えています。」

きっかけをちりばめる、この言葉がとても響いて感じられました。たとえば、登下校の見守りをするボランティアさんがいる安心感や、家の軒先に季節の花を飾るようなふるまいが、さりげないきっかけとして、まちを彩り、関係性を豊かに育んでいきます。人は人の所作や言葉に影響されていく、とも語る荒さん。

わたしたちが住むまちで、互いに交わし合う言葉のなかで「◯◯さん、ありがとう」と名前で呼び合うようになっていく。そんなちょっとしたうれしさと、ほっとできるきっかけづくり。わたしたちもすぐに取り組んでいくことができそうですね。

ありがとうとストレートに伝えられるまちの暮らし

荒昌史さんプロフィール

HITOTOWA INC.代表取締役

1980年生まれ。2004年早稲田大学政治経済学部卒業後、株式会社コスモスイニシア入社(当時リクルートコスモス)。2005年からNPO法人GoodDayを創設し、環境問題に取り組む。
2010年独立、HITOTOWA INC.を創設。
集合住宅を軸にした人々のつながりをつくることで都市の社会環境問題を解決するネイバーフッドデザイン事業を展開。さらにソーシャルフットボール事業、HITOTOWAこども総研を推進。
スポーツや音楽など文化的な楽しさといざというときに助け合えるつながりがある都市生活を、あたらしい地縁の在り方で実現するべく「人と和」のために仕事をしている。東京都住宅政策審議会委員やJリーグ社会連携検討部会委員等を歴任。
インクルーシブなフットサルチーム・バルドラール浦安デフィオの元選手。
著書に『ネイバーフッドデザインーーまちを楽しみ、助け合う「暮らしのコミュニティ」のつくりかた』(HITOTOWA INC. 編著、英治出版)。
http://www.eijipress.co.jp/book/book.php?epcode=2305