宇宙IoTで新たな社会システムが見えてくる!? 〜神武直彦さんインタビュー〜

宇宙IoTで新たな社会システムが見えてくる!? 〜神武直彦さんインタビュー〜

2023/3/3

今回のインタビューは、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の神武直彦先生です。神武先生は、人工衛星による地球観測データやGPSデータなど宇宙発のデータを、さまざまなソーシャルデータとかけ合わせて新たな社会システムを生み出すプロジェクトを取り組んでいます。宇宙規模でのIoTの活用です。宇宙から地球を見た時、社会はどのように見えるのでしょうか?

宇宙への憧れを胸に、宇宙データ活用へ

宇宙への憧れを胸に、宇宙データ活用へ

「宇宙に行きたい!」と宇宙飛行士を目指し、大学院修了直後からNASDA(現在のJAXA)ではH-IIロケットの開発と打ち上げに携わった神武先生。(上図は、1999年H-II8号機打ち上げ前の種子島宇宙センターでの1枚)現在も、宇宙システムの開発や宇宙データの活用が、活動の軸になっているようです。では、どのような経緯で現在の活動をするに至ったのでしょうか?

「JAXAに所属していたとき、ESAというヨーロッパの宇宙機関に勤務していたことがあります。その時、考え方の原理原則としてのシステムズ・エンジニアリング(※1)の必要性や有用性を体感しました。ヨーロッパでは十数カ国の人が一緒に働くために、スタンダードやガイドラインに組み込まれているくらい浸透していました。」

「一方で、JAXAの職員はその多くが日本人で、文化も考え方も近いメンバーで構成されているので、いろいろなことを意見の衝突も少なく、暗黙知の状態で進めていける関係性がありました。しかし、物事の判断の背景や合意形成の過程などが形式知として言語化されないことも多く、知識や知見が個人に帰属するといった属人的なこともありました。JAXAは2000年頃、大きなプロジェクトの失敗が連続したことがあり、その解決策として、宇宙開発へのシステムズ・エンジニアリングの導入とDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が当時の宇宙開発を立て直す宇宙政策の中心になったんです。」

「時を同じくして、慶應義塾に大学院のシステムデザイン・マネジメント研究科(慶應SDM)が開設されました。慶應義塾創立150周年の事業として、ものごとを俯瞰的かつ緻密に考えることができる人材を育成し、社会の先導者として大規模かつ複雑なシステムの実現に寄与するという目的で創られました。そのため、システムズ・エンジニアリングに関する学びを深める必要があったJAXA職員が毎年数多く慶應SDMでの研修を受け、一部の職員が博士課程や修士課程に学生として入学していました。実は、私も当初はその研修の受講生の一人だったのですが、縁あって、慶應SDMへの転籍のお誘いを頂き、その翌年春からは、教えてもらう側から教える側になりました。」

慶應SDMでは、システムズ・エンジニアリングの基盤の考え方である「システム思考」、前例のない課題などに対してデザイナーやクリエイターが使ってきた考え方である「デザイン思考」、何かを成し遂げるために必要な品質と費用、納期、そしてリスクのバランスをとりながら成功に導く考え方である「マネジメント」の3つが柱になっているそうです。全学生の7割程度を占める社会人学生の経歴やバックグラウンド、専門はとても多様で、国内外の様々なところから入学してこられ、システムに関係する世の中のさまざまな課題を研究対象にされているそうです、

「この、いろんな人が集まる大学院で、それぞれの学生が3つの考え方を身につけることで、めちゃくちゃ共創がおきてくる。これが面白いんです。そこで、私は、宇宙システムを専門として、宇宙規模のIoTの開発や普及を推進しています。」

宇宙へ憧れ、宇宙飛行士をめざしていた神武先生。その過程で培った、さまざまなシステムズ・エンジニアリングや宇宙データの知識や技能と、母校で教鞭をとるという経験を重ねて、身につけた知識や技能、経験を様々な社会システムに活用していくこととなります。

※1システムエンジニアリング:システムを成功させるための複数の専門分野にまたがるアプローチ。システムの企画段階から、設計・実現・運用・廃棄に到るまでのライフサイクルを通じて、そのシステムに必要な複数の要素を形にし、それらの要素を統合し、多様な利害関係者のニーズに対応するバランスのとれたシステムの実現とその運用を実現する考え方および方法論。

衛星データを活用すればチームパフォーマンスも上げられる

具体的な取り組み事例として、人工衛星データとIoTデータを連携させたプロジェクトをご紹介いただきました。慶應義塾大学蹴球部(ラグビー部)の選手の怪我の予防やパーソナルトレーニングの実現に役立っている研究です。

各ラグビー選手が背中の肩甲骨の辺りにGPS受信機を装着することで時刻ごとの緯度・経度・高度を1m程度の精度でデータとして把握することができます。それによって練習や試合の際にどのくらいの距離動いたのか、どれくらいのスピードで動いたかといったデータを取得することができます。また、心拍を測るIoTセンサも装着することで、心臓へ負荷をデータとして把握することが可能になります。それらのデータを時刻ごとに分析することで選手の身体の負荷などが数値として可視化され、その時々のパフォーマンスを把握したり、怪我を予測したりすることができるのだそうです。このことにより、選手ごとのトレーニングメニューの立案や怪我予防のためのコンディションマネジメント、チームの戦略立案にデータを有効に活用できるようになったそうです。(下図はGPS受信機のデータとカメラの映像データを統合した分析システム/神武直彦研究室提供)

衛星データを活用すればチームパフォーマンスも上げられる

「データは、選手の意識変容、行動変容も促します。言葉だけではコーチの言うことに納得できないような選手も、データを見て納得することが多いです。データによって自分を客観視できるからです。」

農地の価値を可視化すれば農業ビジネスも飛躍する

神武先生は海外でも多くのプロジェクトに取り組まれています。カンボジアの貧困農家での金融問題を解決する実践プロジェクトについてもお話ししてくださいました。

カンボジアの多くの農家では、資産を持っていても銀行からお金を借りることができません。日々の収穫状況や作物の出荷状況、災害の状況などを把握できず、収入と支出のデータが可視化されていないために各農家の信用度や返済能力を把握することができないことが主な要因だそうです。そこで神武先生のチームは、農地の様子を定期的に衛星データで捉えて把握し、農家の方の普段の生活をスマートフォンに内蔵されたGPS受信機による位置に関するデータなどで把握することで各農家の信用度と返済能力を可視化できないかと考えたそうです。

人工衛星を活用して農地の様子を観測すると、農地と周辺の関係や農作物の収穫量の関係を明らかにすることができます。例えば、川に近い農地は比較的に水を容易に手に入れることができるので、通常は作物の収穫量は多いが、洪水の場合には農地が浸水して何も収穫できない年もあるハイリスク・ハイリターンの傾向があるということが分かってきます。

また、スマートフォンで自動的に取得する位置データに加えて、収穫した作物をどこのマーケットでいくらで売ることができたかなどを農家の人に入力してもらうことで、収入に関するデータも収集できるようになります。さらに、その入力の内容や量に応じてポイントを付与し、ポイントが貯まったら農業機械のレンタルや肥料と交換ができる仕組みを提供しているベンチャー企業と連携することによって、定常的なデータを取得することも可能となったそうです。

このように、衛星からの農地のパフォーマンスデータと、スマートフォンからの農家のパフォーマンスデータをかけ合わせることで、農家の支出・収入の目安を明らかにすることに成功しました。これによって、銀行も農家へお金を貸すことができるようになり、農家によっては自分の状況を客観視して、その内容の改善を図るようなことも少しずつ起きてきました。

「必要なデータをうまく循環させると銀行が農家へお金を貸すことができるようになる。そして、農家が定常的にお金を借りることができれば持続的に農業を推進することができる。このように、データとお金、そして、特には人材も循環することで関係する方々が皆ハッピーになっていくのは嬉しいです。」と神武先生。

(下図は衛星測位、衛星観測、衛星通信を含む宇宙IoTによる社会課題の解決イメージ/神武直彦研究室の資料をもとに作図)

農地の価値を可視化すれば農業ビジネスも飛躍する

更にこのシステムを使えば、作物がどこでどれだけの値段で売れるというデータも取得できます。そのため、今より高く売ることができる場所の知識を提供し、直接的な農家の収入向上へ繋げるようなことも可能になってきています。

「宇宙データに、違うものをかけ合わせていくと面白いことが起きていく」と語る神武先生。現地の人の顔を直接見て話し、現地で得られたソーシャルデータを組み合わせていくことで、様々な共創の場やリワードサイクルを生み出しています。

データ✕専門性でおきる化学反応

「データは手段でしかありません。目的を明確にしてその目的達成に必要な専門性を取り入れることで、面白いことを生み出すことができる。」と、神武先生は語ります。しかし、データがあっても、何と何を掛け合わせればよいのかを見出すことは難しく思えますが、どのように課題を見つけ、課題解決をしているのでしょうか。

「『これ、おもしろいんですよね。』ってさまざまな場面で言っていると、いろいろな人に伝わって、誰かが、『誰もが解きたくなるような課題』、つまり、パワフルイシューを持って来て下さる。そこでおもしろい共創が生まれることが多いんです。」と、興味深いお話しをしてくださいました。

例えば、ラグビー選手にGPSデータを活用した取り組みがNHKで放映されたとき、それを見ていた畜産関係者の方から大学に連絡があったそうです。「ラグビー選手にやっていることを、うちの放牧牛でやってほしい。」と。最初は、牛のことは全く知らないし、人と違って牛とは対話ができないので、難しそうだと断りをしたそうですが、その関係者の方々の熱い想いに触れ、研究を始めたそうです。(下図は、GPS受信機の首輪を装着した放牧牛/神武直彦研究室サイトより引用)

データ✕専門性でおきる化学反応

現在では、牛にGPS受信機を付け、データから牛の現在地や運動量を見て適量の餌を管理することができるようになりました。更に、牛を24時間管理するためには電池量をどうするか?牛の力でも壊れないGPS受信機をどう作るか?など、取り組みがどんどんと展開されているそうです。

これは一例ですが、現地で役立つデータを取得できるのは、畜産の専門家との協力体制があったからだそうです。「どうしても理解できないデータがあって、牛の気持ちになりきって解釈を試みるんですがわからない。そんなときに、畜産農家の方に『この微妙なデータの揺れは何ですか?』と見せたところ、『これは牛が発情してますね。』と言われました。このとき、「データの活用」といった自分ができることと、「専門性の活用」といった相手ができることの掛け算が重要なんだと気づきました。」

「面白いのは、自分ではまったく牛のことをやろうと思っていなかったこと。誰かが面白いと思ったものに自分が面白いと思ったものを掛け合わせたことで研究が広がった。」と神武先生。自分のできないことは誰かの切り札で解決されることもある。そのためには、弱みをオープンにし、強かに連携していくことも必要であるとおっしゃっていました。

楽しむ心がパワフルイシューと向き合う力に

神武先生のプロジェクトは、その土地の文化や人々の本音を把握することから始まります。カンボジアでの農業リスク分析プロジェクトでは、現地住民と衣食住を共にすることから始めたと伺いました。しかし、知らない土地の知らない文化での生活は、大変ではないでしょうか?

「不便だなって思うことは多々ありますけれど、現地での生活を大変だと思っていなくて、生きているなって感じがして僕は好きです。でも、僕よりもはるかにそういうことに慣れている人、好きだと思っている人が僕たちの研究室には色々いますよ。」と、楽しそうに語る神武先生。「データ活用でいうと、ついつい提供側の目線で議論してしまいがちですが、受け手側の目線で考えるのが大事だと思います。現地で生活している人の顔を見て、食事を共にして、時にはお酒を飲んで話すことで、たくさんの気づきがあります。びっくりすることがあっても、布団がないところで寝たとしても、こういうことにポジティブになれるマインドを持っていることが、うまくいくミソなんじゃないかな。」

現地の人と同じ目線で現地の文化を知り、解決のいとぐちを探索する、この行為を楽しまれているようです。(下図は、カンボジア農業クレジットリスク分析プロジェクト/神武直彦研究室サイトより引用)

楽しむ心がパワフルイシューと向き合う力に

「さぁ何かしてみよう!と意気込んで、うまくいかない時もあるけれど、ふと力が抜けた時にうまくいくこともある。はじめから思い込みすぎたりせずに、楽しかったと思えるような取り組みをしていきたいです。空振りもたくさんあるんですけどね。(笑)」

神武直彦さんプロフィール

慶應義塾大学 大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授
同大学院理工学研究科修了後、宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構・JAXA)入社。H-ⅡAロケットの研究開発と打ち上げ、人工衛星及び宇宙ステーションに関するNASAやESAなどとの国際連携プロジェクトに従事。2009年より慶應義塾大学に勤務。システムデザイン・マネジメントによる社会課題解決に関する研究に従事。宇宙システムを活用した数多くのプロジェクトを手がけ、宇宙開発利用大賞審査員など内閣府、経済産業省、総務省、文部科学省の各種委員を務める。Asia Institute of Technology, Adjunct Professor、日本スポーツ振興センターハイパフォーマンス戦略部アドバイザー、慶應義塾横浜初等部長などを歴任。Multi-GNSS Asia 運営委員。米国PMI PMP。宇宙サービスイノベーションラボ事業協同組合代表理事。博士(政策・メディア)。著書に『いちばんやさしい衛星データビジネスの教本』(2022年、インプレス)、『位置情報ビックデータ』(2014年、インプレス)など。