事業化に至ったプロジェクトに共通する3つのキーワード

宮下:6つのプロジェクトを分析してみて、私たちは事業化において3つのことが大切なのではないかと思いました。

1つ目は「大きく考え、小さく試す」、2つ目は「組織チャンピオン活動」、3つ目は「クレイジーキルト」です。

まずは「大きく考えて、小さく試す」ことが大事

宮下:事例の新規事業創出プロジェクトは、いずれも自律型でEffectuationプロセスに近い活動が行われています。各プロジェクトのリーダーは、技術的要素の分化・統合や、市場開発のための分化・統合を実施して、より大きなコンセプトを構築しています。

またコンセプトを具現化するときには、最初から大掛かりな開発をするのではなく、コンセプトの細分化、モジュール化が行われており、プロジェクトスコープの工夫が見られました。市場化する際にも研究公募、社内公募、PoCなどのチャネルが活用されています。

事例Eは事業部主導のプロジェクトであったものの、目標の再設定や予算の返上などで、いきなり大掛かりな開発を目指すルートから外す努力を自らしています。

また、最終製品は外部企業との協業で実施されています。企業内の組織連携よりも、外部との組織連携を選択することによって、市場が形成される手段を取っていました。

自社以外の組織などが持つ知識や技術を取り込む“オープンイノベーション”を行う場合は、技術的知識の獲得あるいは移転を目的とすることが多くあります。一方、事例Eでは製造プロセスの外部化が選択されました。これは技術的知識ではなく、製品化、つまり事業性が考慮された結果だと思います。

技術開発だけではなく、事業化まで視野に入れた場合には、そのプロセスにおいて最適な組織統合を選択することが必要となることが示されました。

企業戦略とのギャップを解消する「組織チャンピオン活動」

飯田:戦略への統合においては、「組織チャンピオン」による引き上げが鍵を握っていそうです。具体的には、社内で自分たちのR&Dの成果を持って、プロジェクトの価値をわかってくれそうなミドルマネージャのところや、そのような場に足を運ぶことです。ベンチャー企業が投資家のもとに出向いて、事業の説明をするような活動ですね。

またプロジェクトリーダー自身の成長や昇進による戦略への統合もあります。事例Bでは、組織戦略と開発中のコンセプトの距離がある現状から、時間・労力・市場インパクト等を考え、企業外に軸足を移すことも選択しています。

事例Eでは新しく就任したプロジェクトリーダーが、戦略ありきではなく、今あるものを元に仲間を集めEffectuation活動を実施したことによって、これまでと異なるアプローチを生み、新規市場を創造しました。

いずれにしても、新規事業の創出において戦略的ギャップがある場合、組織チャンピオンや担当者の役職といった人的・地位的要素が助けになるのは確かそうです。プロジェクトを成功裏にするためには、コンセプトを実現する製品チャンピオンを含めた技術チームの組織化が鍵となります。

出会いを価値に変える「クレイジーキルト」

宮下:組織チャンピオン活動にも通じますが、事業化にまでこぎつけた事例は、部署や会社を超えて人と出会い、賛同者を増やすことを実践しています。

事例Aは、この活動の結果、プロジェクトの評価が社外から社内に伝わり、組織チャンピオンを通じて会社戦略に引き上げられています。

こうした事例から、私たちは賛同者を増やすうえで、2つの考え方が大事だなと気付かされました。1つは「こういう人と出会いたい」という狙いを持って会いに行くこと、もう1つは「ここで出会った人と何ができるか」と考えることです。

後者の「ここで出会った人と何ができるか」は、まさにEffectuationの原則3「クレイジーキルト」が当てはまります。あらゆる局面でパートナーシップ構築を探求する姿勢そのものですね。

そもそも人に出会うのは、新しい価値をつくるための行動です。何が起こるかわからなくても、その場に行ってみる。呼ばれたらどこにでも行く。そういった意識こそ、プロジェクトの可能性を広げてくれると思います。

これまでにない新しい価値を生むために

飯田:R&D発の自律的な新規事業の創出活動は、成功すれば企業の事業ポートフォリオの範囲の拡大を促してくれます。

一方で、今回の研究を振り返ると、大企業における自律的な新規事業創出の取り組みは、戦略段階で深刻な困難に遭遇する可能性が高いです。

それは既存の企業戦略と直接関連のないことを実現しようとしているように見えてしまうからですね。そのため、事業化の段階でも問題に直面することが多いです。

宮下:既存の企業戦略とは離れたコンセプトの場合、通常の新規事業の創出プロジェクトとは異なるアプローチが必要になることが多いです。特に今回登場した事例Eはその代表例だと思います。

飯田:経営上のジレンマは避けられない場合がありますが、特に初期段階では、管理上の問題をある程度意図的に見過ごすことで、一時的な解決策を見つけることが可能です。

このように新規事業の創出が企業の戦略的な存在へと移行するには、一見筋道が通ってないように見えても、実は今できることに焦点を当て、成功のための機会を増やしていく本質的な活動であることが重要になります。

宮下:今回の研究で取り上げた事例や私たちがこれから支援していく新規事業プロジェクトは、技術面でもビジネスモデルの面でも、従来の延長にはない、まったく新しい価値を生み出そうとするものです。

こうしたラディカル・イノベーションにおいては、計画的な活動よりも、自ら動くことで機会を創り出していく経験から学ぶことが大事なのかもしれません。

飯田:そう考えるとR&D発の革新的なコンセプトを事業化するには、R&Dメンバーがすでに強みとして持っている創り出す力に加えて、失敗からも学習する「組織としてのR&D文化」と、研究成果を企業戦略へと引き上げる「組織チャンピオンとしてのミドルマネージャの役割」にかかっている、というのが私たちの見解になります。

今回の見解は、今後のいろいろな支援で活用していく予定です。新規事業の推進者たちが互いの事例を投げ合ってディスカッションする際のきっかけになればいいなと考えています。そして、新しい価値が次々と生まれていく社会をつくる動力になれれば、と思います。