時代とともに進化する『共創型ラボ』。自律分散型で生まれた「3.0スタイル」とは?

2022.04.26更新

2022年3月末にリニューアルオープンした、共創型イノベーション発信拠点「Panasonic Laboratory Tokyo(PLT)」。
改装にあたっては乃村工藝社が設計に加わり、PLTに入居するメンバーたちとディスカッションを重ねながら、約1年かけて新たなPLTを“共創”していったという。
今回話を聞くのは、PLTを拠点として業務を行っており、改装計画に参画したパナソニックの宮下航さんと森本高志さん、設計を担当した株式会社乃村工藝社の古賀紗弥佳氏の3人。「PLT 3.0」のコンセプトや改装までのプロセス、これからの時代に求められる共創型ラボのあり方が語られた。

▼ 場のあり方を再定義する。PLTが「3.0」へ移行した理由

Panasonic Laboratory Tokyo(以下、PLT)は、2016年に有明でスタートし、2018年に「2.0」として汐留浜離宮に移転しました。「3.0」となる今回の改装は、どのような経緯で決まったのでしょうか?

森本:もともと東京にはパナソニックの拠点がいくつかあり、研究開発の場が散在していました。それを1箇所に集約しようとする流れから、色々な事業部門や研究部門の方が集まる場として「PLT」が誕生しました。

宮下:それから2年、ビジネス・テクノロジー・クリエイティブの3つを併せ持つ「BTC人材」が必要だという意識が加わり、もっとみんなが入り混ざる場にしていこうという流れが加速しました。そこで汐留浜離宮に拠点を移し、「PLT 2.0」が誕生。規模も倍になりました。
「PLT 2.0」では、共創のために「集中」と「発散」の両方を備えた場にしていましたが、コロナ禍を機に入居者が在宅で仕事をするようになると、PLTの使われ方も大きく変わりました。オンラインが当たり前になった今、「集中する場所は必要なのか?」「 東京に集まる意義は何か?」として 移転も含めて検討しましたが、これからのオフィスや働き方のあり方をこの場所で再定義しようという流れで、改装することが決まりました。

森本:実際に改装する前には、入居者同士のコミュニケーションがあまり活発ではないという課題もありました。「イノベーションを起こすためには、色々なスキルを持つ人同士がゆるく繋がり、話し合える場が必要」ということで、まずはPLTに入居する部署から各2名ずつが集まって、1年ほど前からディスカッションを重ねていきました。

▲PLT内のコミュニケーションエリア「Kizashi LAB」にて。
入居者同士がすれ違う時に自然と会話が生まれるよう、様々な工夫が施されている。

ということは、「PLT 3.0」の改装計画にはかなりの人数が参加していたのですね。

古賀:それがこのプロジェクトの面白いところです。誰がリーダーというわけではなく、みなさんが平等に意見を言い、活発に議論をしながら進めてきました。こんなに盛り上がりを見せる組織はなかなか他にないので、私も驚かされました。

▼ 浮かび上がってきたキーワードは「令和のタバコ部屋」

どのような役割分担で設計を進めていったのでしょうか?

古賀:空間デザインは私、コンテンツは宮下さんと森本さんなど、入居者メンバーが取りまとめるという役割分担で、みなさんの意見を集約していきました。そして空間とコンテンツの間を行ったり来たりしながら、みなさんが「居心地が良い」と感じられるような空間に落とし込んでいきました。そうやってアイデアを大勢で揉みながら進めてきたので、最終形態は最初にご提案させていただいた提案からだいぶ変化しました。

宮下:コンテンツについても僕や森本さんは仕組みをメインで考えて、デザイン系の入居者メンバーは空間をメインに考えていきましたね。中央集権的ではなく自律分散型のような形で進んでいきました。

改装計画におよそ1年かかったということですが、その中でも重要だったプロセスを教えてください。

宮下:前半部分に行われたワークショップですね。ここでは、改装のメインとなった「Kizashi LAB」のエリアに重点を置きました。ワーキンググループのみんなで「今感じている現場の課題」を出していき、その後に「今の世の中に必要な、新しい場の形ってなんだろう?」と先進事例を集めていきました。そこから、「どういう場、人、仕組みが必要なのか」をアイディエーションしながらコンセプトにまとめていき、2週間に1回、およそ4ヶ月にわたって行われました。

森本:たとえば僕からは「同じフロアのメンバーがランチタイムにカレーパーティーをしていても、僕が違うチームだからか、誘ってもらえない」という意見を出したりして。するとそこから、「誘えなかったのはなぜだろう?」「どんな場所だったらその状況が変わるのか?」まで考えを発展させていきました。

▲アイデア出しは「miro」のワークシートを活用して行われた

宮下:ほかにも「みんなが自然に集まる居心地の良い場所が欲しい」「ほぼすべての分野の専門家がいるはずなのに、気軽に相談できない歯がゆさ」という意見もありました。みんなの意見をまとめて俯瞰してみると、私たちに必要なのはどうやら、“タバコ部屋”のような場だと気づいたのです。

森本:決してタバコが吸いたいというわけではないですよ(笑)。私たちが求める場の要素というのが、自然に交流が始まり、活発なコミュニケーションが生み出される昭和のタバコ部屋に集約されていたということです。

宮下:その状態を生み出す要素はなんなのか。森本さんにカスタマージャーニーマップを書き出してもらいながら、タバコ部屋の要素を抜き出して分解してみると、不便と利益の両方を併せ持つのが特徴だと気づきました。その要素を令和の時代にフィットさせ、“令和のタバコ部屋”としてアナロジー転換してみました。
たとえば、昭和の時代は「ここだけの話」が交流に繋がり、ひいては決裁にも繋がっていました。なぜそうなるのかを紐解くと、その空間にいると他の人の会話が聞こえてきて、その人が何をやっているのか、どの商品の担当者なのかがわかる点が挙げられます。たとえ社内であっても、わざわざ知らない人にアポをとって話を聞くのはハードルが高いですが、“タバコを吸う人”という共通点があればお互いにハードルが下がり、スムーズにコミュニケーションが進む。このような「ゆるく繋がる仕組み」が令和のタバコ部屋には必要だとなりました。

▲「場」の考察についても活発な議論が行われた(※図は「構想力の方法論」を参考に宮下さんが作成)

宮下:そこから、「イノベーションの場とはどういう場なのか?」ということも考えていきました。多摩大学大学院の教授 紺野登先生と一橋大学の名誉教授 野中郁次郎先生の著書「構想力の方法論」の中で、官・民・大学、さらには共同体がパートナーとなって社会的イノベーションを行っていく場の重要性が語られています。今回つくったこの「場」も、単なる空間ではなく、社内外の様々な人の対話を通して暗黙知を形式化していくことで、新しいものをつくる知識創造の「場」としての意味を持たせています。そうすることで、社会にも会社にも価値あるイノベーションの場になる。そして、ここに訪れる多様な人がゆるく繋がり、お互いの変化の“兆し”を集めて未来のシナリオをつくろう。そんな考えから、仮名称「令和のタバコ部屋」が正式名称「Kizashi LAB」に変わりました。

▼ 人も空間もフレキシブルに。4つのゾーンの特徴とは

際に改装後はどう変わったのでしょうか? 施設内の各ゾーンにおける特徴や狙いを教えてください。

▲完成した「PLT3.0」の図面。大きく4つのゾーンに分かれ、ひとつの空間の中に多様性を持たせるようにした。

古賀:もともとは2フロアに分かれていたのですが、コロナ禍でオンライン併用が進んだことで「出社される方の人数が減った」「フロアが分かれていると入居者同士の接点が物理的に限られてしまう」という2つの課題が浮き彫りになって。オーダーされた時点でも、効率的かつ自然と接点が生まれるようにワンフロアにまとめるという方向性は決まっていて、そこから「このオフィスでしかできないこと」という新たな価値を創出するため、改装する場所を4つのゾーンに絞って改装しました。
先ほど設計プロセスが紹介された「Kizashi LAB」は、社内外のいろんな人が集まる、コミュニケーションの核になる場です。コミュニケーションを広げるため、偶発的な出会いを増える仕掛けとして動線整理を行い、コンテンツを各所に取り入れながらも、みんなが何をしていてもいいと思えるような場所にしていきました。

宮下:ここでのメインコンテンツは、壁に設置されたモニターに情報を映し出す「personal wall―となりの人はだれ?―」です。通称“自己紹介の壁”といい、近くにいる人を検出して、自己紹介シートを表示するものです。本人のスキルや好きなこと、これだったら自分の力を貸せること、ちょっとした失敗や弱点が書かれていて、共通点や会話の種を探すことができます。この仕組みで、初めて会った人同士が話し出すキッカケをつくりだし、自然と自己開示とフィードバックが発生することで、心理的に安全な場がつくれないか実験中です。

古賀:もうひとつの外に開かれたスペースが「Hitotics HUB」です。東京らしい発信性を強化していくため常設スタジオを設置し、最新のロボットやモックアップなどを展示できるスペースも用意しました。社内外の人同士でワークショップやセミナーができますし、いろいろな人が集まって共創できる場にしています。
今回の改装では、フレキシブルであることに重点を置き、可動式の家具を中心に選定しました。同時に、自分の空間を居心地良くできる仕組みも追加しています。固定席エリアには、ハイスペック機器を使用する方々のためにコックピット席を設置。入居者が変われば空間のあり方も変わるものなので、自由席エリアも、間仕切りを動かせたり、ホワイトボードなどをカスタマイズできたりするように設計しています。

▲本棚には自己紹介シートを映す「personal wall」が設置されている

▼ 共創によって「愛着」が生まれる

「共創型ラボ」自体を「共創」した結果、どのような発見や面白みがありましたか?

宮下:「何を言っても大丈夫」と思えるほどの信頼関係が生まれていったことでしょうか。今回、ビジネス・テクノロジー・クリエイティブと、多様な人が改装計画に参加しました。それぞれ職能が違えば、考え方やこだわりも違うため、何度かぶつかる瞬間はありました。そのたびに「それは居心地の良い空間につながるのか?」という共通のゴールに立ち返って考えていきました。その結果、納得できる落とし所を見つけていくことができたと思います。いろんな観点から考えられましたし、メンバー全員で率直な意見を言い合いながら対話を重ねることで、メンバー同士との心理的安全な関係につながったことも実感できました。

古賀:PLTの特性のひとつですが、パナソニックという組織の共通理念を上位概念として共有しているから、多様性があっても普通のシェアオフィスと違ってバラバラになりにくいというのもあったと思います。宮下さんが言うように、プロセスを大勢で踏んでいったことで、みなさんそれぞれが場に対する愛着を持てるようになったのではないかなと思います。愛着というのは非常に大事で、エンゲージメントやひいてはウェルビーイングにもつながるものです。今回の改装計画によって、みなさんの思いを反映させていく受け皿としての空間が準備できたかと思います。

宮下:自己開示を基点に他者との接点を広げていき、フィードバックを伝えて、受け止めながら、自分が知らなかった自分を見つけていく。それがどんどん広がっていくと、人が成長しながらチームも育つ。リニューアルオープン後も「自己紹介の壁」などを通してその状態をつくっていけたらと考えています。

森本:PLTに入居する人たちが気軽に話せて、外にも広がって行けるようになったら良いですよね。古賀さんには、パナソニックのテクノロジーを活用しながらコンテンツ面をアップデートできるよう設計していただきました。やってみて、うまくいかなければどんどん変えていける。これまで以上に柔軟な共創空間になったと思います。

古賀:みなさんの手でアップデートして、PLTへの愛着が増していったらいいですよね。月曜日でも楽しい気分で出社できるようになればと思います。

▲設計を担当した乃村工藝社・古賀氏

▼ 「共創型ラボ」の3.0スタイルが描く未来

今後、どのような施策を予定していますか?

宮下:5年ほど前から「未来洞察」という、シナリオプランニングのワークショップをしていて、今後はその内容をバージョンアップさせ、「Kizashi LAB」でさらに発展させようとしています。世の中にある小さい変化を集めていって、「こういうことが起こるかもしれないよね」を想像してみる。そこから身近なものをどう変えていくかを議論する。そこで出てきたものを、デザイン思考で発展させていったり、リンクする先進事例を集めたり、外部の人に知見を共有してもらったりしながら、新しいものをつくっていきたいと目論んでいます。

▲パナソニックオペレーショナルエクセレンス株式会社 イノベーション推進センター・宮下さん

共創を持続可能なものにしていくには、何が必要だと思いますか?

森本:外部からの刺激が、走り続ける原動力になると思います。

宮下:そうですね。みんなが外向きに活動していき、新しい人や知見を獲得しながら、PLT内で混ぜていく。それがまた新しい自分の発見になる。そういった柔軟でクリエイティブな場であり続けることです。これからも意識的にきっかけをつくっていきたいですね。

今後、どのような人と交わり、どのようにこの場所を変化させていこうと考えていますか?

宮下:社内外の新しいことにチャレンジしたい人にぜひ関わってもらいたいです。学生の方も入り混じってくれたら良いですよね。世の中の変化を捉えて、コミュニティとして形成された人たちから、新たなチャレンジが生まれたらと思います。また、今、私は場づくりの人なので、目標としては、いろんな人が自由闊達に意見を言い合える場になるように、一人ひとりが持つ隠れた思いや才能を引き出していけるようなチャレンジをしていきたいです。

森本:元々PLTは、東京のR&D拠点であるとともに、新規事業を立ち上げる場です。この活動の中からオフィスという枠組みを超えて、新しい事業が生まれたらいいなと思います。

▲パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社・森本さん

最後に、みなさんが考える「ラボの成功」とは何かを教えてください。

森本:私は残念ながら4月にPLTを退去してしまうのですが(苦笑)、次に来た時に全く違うオフィスになっていたら良いですよね。ダイナミックに変化する、驚きがあるオフィスになったら成功だと思います。

古賀:ここを実験の場として捉えて、何にでもどんどんチャレンジして、社内外にどんどんシェアを広げてもらえたらと思います。今後移転したとしても、そのマインドが受け継がれていったら良いですよね。

宮下:世の中の変化を先取りして行動する人が、PLTにはいっぱいいる。そう思ってもらえる場所になったら成功ですね。市民参加型というか、「みんなが主役になれるラボ」になったらと思います。

▼ メンバープロフィール

  • 宮下 航

    2010年入社後、研究部門で車載無線の技術開発を担当。社外出向の経験を経て、2019年にPLTへ異動。産学連携の知見を活用し、イノベーションプロセスの研究と実践・共創型リーダーシップ開発や共創の場づくりを担当。

  • 森本 高志

    2006年に入社後、研究部門でLSI開発、クラウド・事業開発の後、2015年に家電事業部門へ異動。技術本部、ゲームチェンジャー・カタパルトなどの部門を経て、DX・顧客接点革新本部に異動。家電データ利活用を担当。

  • 古賀 紗弥佳

    2008年乃村工藝社に入社。オフィス、教育、SR、展示会など分野問わず空間デザインの設計を行う。昨今は、主にコミュニケーションスペースの企画・デザインを担当。「体験」をデザインすることを大切にしている。