R&D発の新規事業創出と大企業の事業戦略の関係性
研究レポート① ~既存事業拡大と新事業創出のベストな両立を目指して~

2024.04.15更新

▼ はじめに

共創ラボとは、これまでにないやり方で新しい価値を生み出すためのチャレンジの「場」を提供し、共創型イノベーション活動を支えるプロジェクト。

このプロジェクトに参画している宮下と飯田は、日々、社内外問わず新規事業の推進者たちを支援するため、ワークショップの開催などを通じて場づくりを実践しています。そんな彼らが、今後も支援に貢献するため、大企業におけるR&D発の新規事業を対象とした事例分析について論文を執筆しました。本研究を通じて一体どんな発見があったのか、インタビューを通じて解き明かしていきます。

※本内容は、名古屋商科大学ビジネススクール澤谷由里子教授との共同研究で行っている研究です。

▼ プロフィール

  • 宮下 航

    宮下 航

    2010年入社。車載の無線技術分野における技術開発でキャリアをスタート。2019年から共創ラボに参画。産学連携を活用したイノベーションプロセスの研究を中心に、サポートするチームのコーチング、リーダーシップ開発などのワークショップ設計を担当。社外の新規事業の推進者たちとの場づくりを実践している。

  • 飯田 裕美

    飯田 裕美

    2000年入社。PanasonicのR&D部門でDVD・Blu-rayに特化した ソフトウェアプラットフォームの開発に10年間、人間中心設計を実践する商品企画提案や会員制 サービスの運営に8年間関わったのち、共創ラボに参画。宮下と同じくイノベーションプロセスにおける研究と実践の領域で、社内外の人たちとの共創活動の基盤づくりを担当。

R&D部門の新規事業分析を行う理由

まず、お2人がR&D部門の新規事業に特化した事例の研究を始めた理由について教えてください。

宮下:大企業の場合、新規事業は持続的に成長を続け、競争優位性を勝ち取るのに必要なことの一つです。それを既存事業の拡大と両立させながら行っています。

既存事業の拡大と新規事業の創出をするうえで、見取り図となるのが戦略です。今回の研究では、戦略を「高いリスクを伴う課題に対応するための分析、概念、方針、主張、行動の首尾一貫したセット」とし、企業がどのように競争していくのかを大まかに描いたもの、としました。

飯田:企業の戦略に関わる意思決定では、既存事業の拡大が重視されがちです。成功体験があり、利益もわかりやすく、評価が下しやすい。長い歴史を持つ企業ほど既存事業に対する尊敬が強くなります。そうすると、いままでに取り組んだことのない事業は影が薄くなりやすいです。

ですが、企業の価値を高めるためには、どちらも必要不可欠です。そもそも既存事業と新規事業は、目標も評価も相反するもの。意思決定の際には、そうした認識を持った上で、同時進行させることが大切になります。

既存事業拡大と新事業創出の両立は大変

宮下:こうした状況があるなかで、どちらも両立させるために、大企業はいろいろな工夫を凝らしています。組織の地理的分離や組織活動の時間的分離、長期的利益と短期的利益への対応などです。既存事業を行う部門から新規事業創出部門を切り離した「出島」部門を作ったり、働く時間の20%を現業務以外に費やす取り組みなどが具体例と言えそうですね。

また、R&D組織を持つ大企業では、戦略から始まるトップダウンと合わせて、自律的なボトムアップの新規事業創出が行われています。

飯田:しかし、新規事業創出の活動が、その企業の戦略にどのようにして練り込まれていくのかは分かりにくいです。また、それらを明らかにする研究は少ないと私たちは感じています。

そのため今回の研究では、これからの新規事業開発の成功に貢献するために、大企業において、戦略と、トップダウンまたはボトムアップのR&Dの新規事業創出はどのような関係があるのかを分析し明らかにすることを目的にしています。

3つのステップでR&D発の新規事業創出と戦略の関係を分析

戦略とR&Dの新規事業創出の関係を明らかにするために、どのようなことを実施されたのでしょうか?

飯田:私たちは下記の流れで研究を進めることにしました。

  • 企業における新規事業創出と戦略に関連する文献調査。
  • 分析事例を探索し、文献調査で得られた視点を活用したインタビュー調査。
  • 得られたデータを分析から新規事業創出と戦略との関係性を考察し、今後の研究の方向性を示す。

文献調査では、「企業での新規事業創出の活動」と「戦略・戦術との関係」の2つに関する研究を取り上げています。

宮下:企業での新規事業創出の活動については、スタンフォード大学経営大学院教授のロバート・A・バーゲルマンの文献を活用しました。彼は起業家精神(アントレプレナーシップ)を活用し、ベンチャー的な手法で、大企業から新規事業を創出する「コーポレートベンチャリング」を分析しています。

その中でバーゲルマンは、「ミドルマネージャの組織チャンピオン活動」が、新規事業の戦略化に意味を持つことを明らかにしています。

新規事業の戦略化に重要な「組織チャンピオン活動」

ミドルマネージャの組織チャンピオン活動というのは一体どういうものなのでしょうか?

宮下:まずは大企業における、これまでの新製品開発の話をさせてください。今まではR&D発の技術を製品化・事業化にむけて推進するために、「製品チャンピオン」という活動が重要視されていました。

一般的に「製品チャンピオン」というのは、製品アイデアを事業化する際に、責任や権限を与えられた個人のことを指します。アイデアを製品化し、事業化するためにさまざまな困難に立ち向かっていく姿をチャンピオンに見立てたことから、こうした名前が付きました。

飯田:しかし、製品化へ向けた技術検証が済んだとしても、まだ戦略的な位置付けは完了していません。R&D内における一つの技術プロトタイプで終わらせず、事業化に向けた市場開発へ進むためには、技術成果を戦略に統合することが必要となります。それを担うのが「組織チャンピオン活動」です。

ミドルマネージャとは、部長や課長職など組織の中間に位置するマネジメント層のことですから、こうした人材が技術成果を戦略に統合していくことの重要性をバーゲルマンは明らかにしたわけです。

相反する目標の実行を可能にする戦術面での工夫

戦略・戦術については、どのような発見がありましたか?

宮下:この研究では、アムステルダム大学のRozentaleらの文献を活用しました。既存事業の拡大と新規事業の創出のような2つの相反する目標を実行するための工夫として、時間などのリソースをそれぞれの目標に分割して割り当てるような「分化」や、いわゆる選択と集中のように特定の側面に集中したり、逆に相反する2つの目標を両立できるソリューションを考えるような「統合」という考え方が提示されています。

また当社で数年前に行った企業内の起業家活動研究では、企業の新規事業創出と起業家の活動の特徴を抽出した「Effectuation」との関連を示すものがありました。

Effectuationは優れた起業家に共通する意思決定のプロセスや思考を表すものですが、これらは大企業における新規事業の創出にも有意義であることが示唆されています。

宮下:またR&D等の技術主体の企業の場合には、Effectuation原則に加えて、「PoC」と呼ばれる技術の市場での概念実証と、事業に対して主体性を持って実施することの重要性が言及されています。

文献から得た知見をもとに、私たちは分析事例を探索し、プロジェクトリーダーにインタビュー調査を実施しました。